バレンタインSS『この あい を きみに』
ーコードティラル・王城。
朝も早くから、王城の広間の一つが、華やかな会話や笑い声、そして鼻をくすぐる甘い香りに包まれている。
子供からお年寄りまで町の女性たちが王城の料理人達に招待されて集まって、広間に設けられた簡易的な調理場で、お菓子づくりをしているようだ。
何せ今日は、
大切な人にお菓子を送る日だから。
「〜♪」
その中に、手にしたボウルと混ぜ機を慣れた手つきで駆使し、上機嫌に鼻歌交じりで料理に勤しんでいるラシェの姿があった。
横には、同じ様に料理をしているシルディと、簡易コンロにかけた鍋相手に四苦八苦しているラミリアの姿。
「わぁぁぁ!な、何か溶けるというより焦げ付いちゃうんだけどぉ!」
「きゃ、大変!
あ、ああ、ラミさん、火が強過ぎです。それから、これは、焦げ付かない様にこうやって…」
「あ、ああ、そっか、ゆっくり混ぜ続けなきゃいけないのか…うう」
「練乳と水飴はバターを入れてても焦げ付きやすいですからね。…んん…少し焦げちゃったかな…。
すいませんラミさん、大きいバットを一つ、そこに置いてください…あ、紙を中に敷いてくださいね」
ラシェに言われるがまま、ラミリアが広めのバットをタオルを敷いた調理台の上に置き、その中に薄い紙を敷くと、ラシェは先程まで火にかけていたそれを中に流し込んだ。
流し込み終わると、ヘラを使い、バットの中を平らに均す。
「こんなものかな…
ラミさん、ヘラを使って、固まりきる前に これを一口大になる様に切れ目を入れて下さい」
「わ、分かったわ…」
ラシェからヘラを手渡され、ラミリアはおっかなびっくりバットの中のそれに切れ目を入れていく。
「…こ、これでいいのかな…」
「ハイっ。じゃあ、冷やして固めましょうか」
「分かった。とりあえず冷蔵庫に入れてくるわね」
ホッと肩を撫で下ろしてラミリアが冷蔵庫へ向かうと、シルディがラシェに声をかけてきた。
「ラシェ様、クッキーの生地が出来ましたよ」
「わかりました。…じゃあ、さっき作ったチョコを少し砕こうかな」
ラシェはあらかじめ作って固めておいたチョコを小さな袋に数個入れると、調理台の上に置いて、手にしたトンカチでガンガンと叩き始めた。
「おお…なかなかにパワフルな事するのね」
「お菓子づくりは力仕事ですから」
戻ってきたラミリアが目を丸くするのに、ラシェは えへへと笑って返した。
そうして粉々に砕いたチョコを、先ほどシルディが出来たと言った生地にバラバラっと入れ、ザックリと混ぜ込んでいく。
「わ、チョコチップクッキーだ」
「チョコが苦手な方もいますからね。
…よし。シルディさんとラミさんは、コレを小さく一口大になる様に丸めておいて頂けますか。出来上がりは少し大きくなるので気をつけて下さいね」
「ハイっ」
「りょうかーい」
さてと、とラシェは先程使った物とは違う、製菓用のチョコの塊を取り出す。
あーでも無いこーでも無いと言い合いながら、きゃっきゃとクッキーを丸めていくラミリアとシルディの会話をBGMに、溶かしやすい様にダガダカと固いチョコの板を細かく刻んで、…暫く。
「…よーっし!」
ある程度刻んだところで、ラシェはラミリアとシルディの2人の作業の進捗を確かめる。
丁度生地の全て丸め終わったのか、シルディがオーブンへと出来た物を持って行くところだった。
「次は何するの?」
ラミリアがラシェの方へやって来て、ラシェの手元を覗き込んだ。
ラシェはニコリと笑うとラミリアに答える。
「もちろん、
最後にメインのチョコ作りです!」
おお、とラミリアは及び腰に声をあげた。
ラシェは、シルディが戻ってきたら始められるように、鍋に生クリームを入れて火にかけつつ、テキパキと型やらボウル、ヘラを調理台に準備していく。
「私苦手なのよね…溶かしていくの…。そして何故か不味くなる…」
「今日は私が居ますから、任せてくださいっ!」
ため息混じりのラミリアに、ラシェはニコリと胸を叩いた。
シルディが戻ってくると、ラシェは細かく砕いたチョコをバラバラと小さめのボウルに入れ、それをラミリアの前に置く。
「まずは、そのチョコのボウルに火にかけてある生クリームを入れてください。沸騰しちゃう前に入れるのがコツです」
「う、うん」
チョコのボウルの中に生クリームを入れると、目の前に甘い香りの湯気が上がる。
「わぁ、いい匂いがしますね」
うふふ、と横で見ていたシルディが嬉しそうに笑った。
ねー、と同意しながらラシェはラミリアにヘラを手渡す。
「さ、チョコも端が溶けてきてるので混ぜていってください。
暖かくなり過ぎるとチョコの風味も飛んじゃうので、適度に湯煎しながら」
「!ああっ、だからいつも不味くなるのかしら?」
「チョコはデリケートですからね…逆に冷め過ぎると固くなって混ぜれなくなってしまいますし、慣れてないなら、鍋ではなく湯煎しながらだとやりやすいかと。
で、チョコと生クリームをクリーム状になるまで柔らかく混ぜ合わせて…」
「や、柔らかく…」
おっかなびっくりラミリアが混ぜるのに、ラシェはニコニコと笑った。
「バターも少し入れますよ…
ゆっくり、大きく混ぜて、
“おいしくなーれ、おいしくなーれ”」
「…お、“おいしくなーれ、おいしくなーれ”…
…おまじない?」
「あはは。…そうですね。お母さんが、料理を作る時にいつも言ってたので、クセになってて」
照れた様に笑うラシェの言葉に、シルディが優しく付け加える。
「先程、私の分の時も教えて頂きましたね。とても素敵な詠唱です」
「お料理は魔法ですから」
そうしてバターを加えたチョコに艶がつき始め混ざりきると、ラシェは湯煎している横に流し型になるバットを置いた。
「あとから取り出しやすい様に紙を敷いて…
さ、ここにドーっと流し入れちゃってください」
「はーい」
言われた様にバットにチョコを流し入れると、慣れた手つきでラシェがもったりとしたチョコを平らになる様均し、バットを軽く持ち上げて数度トントンと落とす。
ラミリアは目を輝かせながら流し入れたチョコを見つめた。
「凄い、ちゃんと、綺麗に出来た…」
「ふふふ。じゃあ、これも冷やして固めましょうか」
******
「バトーは甘いもの苦手な筈だけど、シルディは何を用意したの?」
冷やし固めている間、広間の一角でラシェ達はひと息ついていた。
紅茶を入れながら、ラミリアがシルディに尋ねると、シルディはえへへ…と照れた様に笑う。
「…紅茶に合う、スコーンを…」
「ああ、なるほど。バトー、紅茶好きだもんね。
…まあ、シルディが作ったのなら甘かろうと食べるだろうけど」
「そ、そうですかね…?以前、里でケーキをお出しした時に、食べはしてたんですけど あまりフォークが進んでなくて…。だから、甘い物はお嫌いみたいで迷ったのですが」
シルディの言葉にラミリアはカラカラ笑った。
「あいつねぇ、人間にしちゃあ
「まあ…、そんな事が」
「バトーさんはカッコいいですもんね…」
「あいつ、口は悪いけど根っからの真面目じゃない?侍女さんや街の人からだと尚更 断り辛くて、…今日みたいな日、いっぱいお菓子貰ってしまって、で、止せばいいのに ご丁寧に全部食べきっちゃったらしいのよ…。リーフリィに渡ってからあの容姿で散々な目に遭ってきたらしいし、元々女の人は苦手なんだけど、それに付け加えてだから、
…『甘い物』は、ある意味トラウマね」
「わ、わぁ…」
ラシェが思わずカップを手に苦笑いを浮かべ、シルディは困惑の表情を浮かべる。
「…受け取って頂けるか不安になってきました…」
「シルディが、ちゃんとバトーの事を想って作ったんだから大丈夫よ。バトーは聡いから、それがどういう物なのか
…どっかの誰かとは大違い」
はあーあ、とラミリアが心底ゲンナリした顔でため息を吐くと、ラシェがニコニコと彼女に尋ねた。
「でもラミさん?その
どうも
「…へ?」
「しかもその
「そ、そうなの…?」
にわかにラミリアがオドオドとし始めたのには気付かぬ振りをしつつ、ラシェは何気無く彼女に更に尋ねた。
「ちなみにラミさんは去年とかどうしてました?どなたかにあげましたか?」
「えっ、…えーっと…
お世話になってる人とかにあげようかなーと思って作りはするんだけど毎度失敗してて…」
「ふんふん」
「…失敗作あげるものも憚られるし?でも食べないと食材が勿体無いし?私も私で食べ切れないし?
……し、仕方ないから、クォルに残飯処理して貰ってる…、けど?」
「「‼︎‼︎」」
その言葉にラシェとシルディは“まあ!”と同時に目を輝かせた。
ラミリアはハッとして、何故か慌てて真っ赤な顔で弁明し始めた。
「あ、あ、いや、でも、
所詮、残飯処理だし?そ、そもそも?アイツが捨てるくらいなら寄越せって言ってきたしっ?っていうか、むしろ奪い取って止める間も無く食べちゃうからさっ?」
「え、じゃあ、ラミさんから受け取って、しかも、目の前で食べてくれたんですか?」
「………そ、そうなるわね…」
ラミリアがもごもごと言うのを、ラシェとシルディは きゃあっと自分の事の様に喜んで笑い合う。
「じゃあ、せっかくだから、今回のは ちゃんとあげて下さいね、ラミさん!」
「なっ…⁈、なんで私がっ、わ、わざわざクォルに…っ?」
「いつも進んで
今回はキャラメルとクッキーも作りましたから、お世話になってる方の分は そちらから差し上げれば♪」
ねっ?とラシェが微笑むと、ラミリアは “そ、そっか…なるほど”とボソリと呟き、満更でもない顔をした。
「そーね!そういう事なら、私だって借りばっかりは癪だしねっ!
仕方ないっ!たまには ちゃんとしたの、あげてやるか!」
「うふふ。楽しみですねー」
そもそもラシェやシルディから見ても、ラミリアとクォルは好き合っている様にしか見えないのに、何でいつもお互いすれ違っちゃうのか…。
つくづく不思議でならないのだが、こういう時のラミリアは素で“女の子”になるので見ていて微笑ましく思う。
何やら嬉しそうに笑うラシェに、ラミリアが話題を替えようと口を開く。
「ラシェは…まあ、クライドにあげるのよね」
「?ハイ」
「(否定しないわよね、そりゃあ…)
私達の手伝ってばかりだったけど、用意は?大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ。昨日の夜、用意しておいたので」
「早…っ!」
「今年は一晩おいても良い様に、スチームドショコラにしてみたので、さっき作ったのの完成を見届けたら、クライドさんと一緒にグランローグの皆さんに持って行こうかと…」
何気無く言われたその言葉に、ラミリアは思わず座っていた椅子から立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待って⁈クライドにあげるんじゃないの、その、すちーむ何ちゃら…」
「大きい型で作ってしまったので、流石に食べ切れないと思うし…」
「いや、クライドなら絶対食べ切ると思うよ⁈ラシェが作ったのなら!」
「あはは。それに、クライドさんがどうせならみんなで食べようって」
「あ…っ、アホかアイツはーーーッッッ‼︎‼︎‼︎⁈」
火山なら噴火しているだろう形相でラミリアが部屋中にこだまする程叫んだ。
シルディは あらあら…と口を押さえているし、ラシェはキョトンとして「何か変な事言っちゃったかな…」と、立ち上がったままのラミリアを見上げた。
「…ラミさん?」
「まさか、あの!クライドが‼︎そんな事言うとは…!
せっかく作ったのに良いの、ラシェ⁈」
「?はい。クライドさんも一緒に食べるだろうし…。
それに、私、もう貰ってるので」
「…え?貰ってる?」
「ラシェ様が?」
今度はラミリアとシルディがキョトンとする。
ラシェはニコニコと2人に続けた。
「はい。今朝 ここに来る前に、お花を戴きました」
「「
「はい。
元々グランローグは女の方が少ない国なので、国の女性には最大の敬意を払うものとして、物を贈る風習の日は、すべからく
「へぇ、なるほど」
「何だか素敵ですね」
「ええ。それで、特にこういう時、大切な人には花を贈るものだからって、お花を戴いてしまって…。
しかも、今日は皆さんとお菓子作りだからって、出掛ける前にわざわざ持って来てくださって…えへへ…」
「(うわ、…さっすが、天然王子!抜かりない…!)」
ラミリアは ハハハ…と苦笑いした。
クライドは普段から何を考えているか読めない所があるが、ことラシェの事に関しては一切の抜かりがないのは、気心の知れた間柄では周知の事実だ。
ラシェは、ただ…と続ける。
「お料理は好きなので、せっかくなのに何もあげないというのも寂しくて。だから、だったらグランローグのみんなにも作って持って行こうかなって」
それに対して、ラミリアがはたと気付いてラシェに突っ込んだ。
「…ラシェ。それ、提案したのクライドだって言ったわよね」
「え、あ、ハイ。私の作ったお菓子を一人で食べるのも勿体無いから持って行こうよって」
「…普段お墓参りついでにグランローグに行ってる時、クライドと二人だけで居る時間って有るの?レイガの手下とかそばに付いてるんじゃない?」
「?…えっと…、
挨拶とか済ませてからは…そういえば大体二人ですね。城内や城下の様子見がてら お散歩とか。
誰かしら護衛に付こうとされるんですが、クライドさんがいつも“俺が居れば充分だから、お前らは城 守ってろ”って」
「(…計画的犯行)」
「(ああ、クライド様、何だか可愛らしいです…)」
ラミリアとシルディは“ごちそうさまー”とでも言いたげな顔をラシェに向けた。
コードティラルでは、普段は大概ラシェは誰かと一緒にいる事が多い。
よくよく考えてみると、ラシェは詰所の看護要員であり、自警団の面々と街の巡回に廻る事もそうそう無く、魔物が出現する区域のそばである町外れのエレジア農園などに行く時こそ同行はするが、意外にもクライドと2人で過ごす時間は限られていたりする。
とどのつまりは、ラシェが作ったものをグランローグに持って行くのを口実に、クライドは体良く二人っきりになろうとしているのだ。
「まあ、せっかくだからゆっくりして来なさいな。レイガ達も喜ぶでしょ」
「はい。ありがとうございます」
ラシェは特に照れるわけでもなく、嬉しそうに笑った。
やれやれと苦笑して、ラミリアがラシェに返す。
「ほんと、アンタ達は仲睦まじいわよね。おねえさん妬けちゃう」
「ラミさんだって、クォルさんと仲良いじゃないですか」
「な?!仲が!良い⁈
違う違う、ただの幼馴染の腐れ縁よ、あんな奴!私にはそこらへんの空気よ、空気!」
思わずラシェに言い返した言葉に、シルディがクスクスと笑った。
「そうですね。お二人は、空気のように常にそばに居るのが当たり前なんですものね?羨ましいです」
「もー、シルディまで!そんなんじゃ無いってば!
…あ、あーもう、ホラ!私、固まり具合見てくるっ!」
ラミリアはそれだけ言うと、逃げるように席を立って走って行ってしまった。
あらまあ、とシルディは口を押さえ、ラシェとニコニコと笑いあう。
「ふふっ。一番可愛いのは やっぱりラミさんですよね」
「ええ。…お二方共、あんなに普段から息ピッタリなのに、勿体無いくらいお互いに頑ななんだから…。
まあ、クォル様も紛らわしい態度でいるからいけないんでしょうけどね」
「本当に。
…さて、ラミさんが行ってしまいましたし、私達も少し様子を見に行ってみましょうか、シルディさん」
「ふふっ。そうですね」
******
--王城内・訓練場。
ラシェ達は、出来上がったものを持ってクライド達のいる所へ向かった。
今日は街の人々を呼んでのお菓子作りと並行して市民に城内を開放している関係で、自警団とはいえ今や一般市民であるクライド達の休暇も兼ね、街の巡回は兵士達がしてくれる事になっているので、クライド達もせっかくだからと女性陣について来ている。
ラシェ達が恐らくの目星をつけてやって来た訓練場の入り口は、物凄い人集りになっていた。
集まっているのはやはりと言うか男性ばかりで、訓練場の奥の方がよく見えないが、人々の喧騒の中でも凄まじい金属同士がぶつかり合う様な音が響いてくる。
「…あーあー、やっぱ やってるわ、アイツら」
ラシェとシルディより頭半分くらい背の高いラミリアが、若干の背伸びをしつつ人集りの奥の方を見て呆れ顔でボヤいた。
作ったお菓子達が潰されぬ様、身を屈ませながら人混みを掻い潜ると、訓練場の中心で、丁度クライドとクォルが対峙している所だった。
「…ああ、お前ら 終わったのか」
声がしたので そちらの方を見ると、ワァワァと歓声があがる人混みの中、1人気だるそうにベンチに座っているバトーが居た。
…横には水筒。
ラミリアはその水筒を手に取り、カラカラと軽く振ってみる。
…1滴も入っていない様だ。
「おっつかれさまー」
恐らく『氷斬剣』のデモンストレーションをさせられたのだろう。
ニヤニヤしながらラミリアがそう言うと、バトーは疲れた目をして睨み返してきた。
「っるせー。…遅ぇんだ、お前ら」
「ゴメンゴメンっ☆でも、バトーには とびきり美味しいの作ったげたから許してっ☆…もち、シルディが☆」
おどけて返されたラミリアの言葉の最後に気になる単語があったらしいバトーは、ピクリと眉を上げた。
「…何…?」
「あ、あの!せっかく呼んでいただいたので、ラシェ様に習って私もスコーンを焼いてみたのです。…お口に合えば良いのですが…」
ラミリアの言葉にバトーが反応したので、シルディが顔を赤らめながら慌てて説明をすると、
バトーは一瞬間を置き、チラッと訓練場の二人の様子を見、そしてシルディに言った。
「…まだ出来たてなのか、それ」
「いえ、スコーンは冷めてからが美味しいので、皆さんのお菓子より少し早めに作りましたので。
…ただ、乗せるクリームは溶けてしまいますので先程用意したばかりですけど」
「…そうか」
それだけ返事を返すと、バトーは すっくと立ち上がった。
「だったら お茶にしよう。…俺は疲れた」
そう言って、バトーは訓練場の向こう側…人混みのない方の出口に向かってスタスタと歩いて行く。
「え、え?バトー様?」
シルディがズンズン歩いて行くバトーの後ろ姿とラシェ達を交互に見て困惑していると、ラミリアがシルディの作った物の包みを彼女に押し付け、グイッと背中を押した。
「行っといで、シルディ。あたしらはそこの馬鹿達待ってなきゃいけないし」
「私達の事は お気になさらず」
ラシェにもニコニコと送り出されると、シルディは一つお辞儀をして、包みを抱えてパタパタと慌ててバトーの後を追って行った。
「多分 食堂かな?お邪魔させないようにしないとね」
「そうですね」
シルディの姿を見送り、二人が丁度笑いあった時、場内に一際大きな金属音が鳴り響いた。
一瞬辺りが静まり返り、やがてワァァァァァ!!!!と大きな歓声に包まれる。
見ると、クライドとクォルの
歓声が少し収まるのを待ち、ラミリアが「さてと!」と一つ声を上げる。
「さぁさぁ、男性諸君!お菓子作りが終わったから、奥様や彼女さん達がお待ちかねよ!観戦はここまで!」
ラミリアがパンパンと手を叩きながらそう言うと、周りから「おっと、カミさんに怒られる」とか「もうそんな時間かー」などと声が聞こえ、観戦していた街の住人達が次々と訓練場を後にし始める。
改めてクライドとクォルの方を見やると、今度は訓練場で訓練していたらしい兵士達に囲まれ、拍手喝采の中揉みくちゃにされていた。
ラミリアは困った様に笑みを浮かべ、やれやれと肩を落とすと、持って来ていたお菓子の包みの中から、小さくラッピングされた小袋をいくつか取り出し、クライドとクォルを揉みくちゃにしている兵士達の頭の上やら手のひらに、一つずつポンポンと乗せ始めた。
「はーい、甘いもの食べて休憩なさいよー」
「いつもお疲れ様です。良かったらお召し上がり下さいね」
ラシェもそう言いながら、ラミリアに倣ってお菓子を配っていくと、兵士達が2人から嬉しそうに受け取っていく。
「ラシェ様!ラミリア様!ありがとうございます!」
「これ、お二人の手作りですか?」
「やったー!俺一個も貰えないかと思ってた!」
「ありがたいー!」
そう口々にお礼の言葉を述べながら、兵士達は嬉しそうにその場を離れて行った。
「あー!楽しかった‼︎」
ようやくギャラリーから解放されたクォルは、訓練場の真ん中でヘタりこみながらも、開口一番、ご機嫌でそう言った。
クライドも同じく座ったまま、軽く肩を鳴らして んーと伸びをする。
「やっぱ普段から適度に全力出さないと感覚が鈍るなぁ」
「若干後半のスピードが落ちるし、一打の重みも軽くなるよなー。いかんいかん」
ブツブツとそう言い合う2人に、ラミリアは“まったく…”と呆れ顔で笑った。
「平和なんだから仕方ないでしょ。そんなに物足りなかったら、魔物狩りのお手伝いにでも行ったら?」
その言葉にクォルは ゲッ!と顔を顰めた。
「カイザートにか?…ぜってぇヤダ。帰ったらセキがぜってぇ絡んでくるし、あまつさえ面白がって連いてくるに決まってらぁ。超めんどくせぇ」
「何で?セキウンもユウエンちゃんも強いし良い人じゃない」
「そりゃお前にだけだ!」
ムッとして返すクォルなど気にも止めず、ラミリアはふと持っていた包みの中から、先程兵士達に配ったお菓子の小袋と同じ物を取り出した。
「ああ、そういえば。
今年は師父達のとついでにセキウンにもこのお菓子持って行こうかな…(いっぱい作ったし。)火の部族にもこういう風習あるのかしら」
「……⁈」
クォルがラミリアのその言葉に、ピクッと眉を吊り上げる。
そして、ラミリアが取り出し手に持つお菓子の小袋に、バッと手を伸ばした。
だが、ラミリアはスッとその手を躱して身を捩り、包みの中に小袋を戻す。
「食べちゃだめ。今年は失敗してないんだから」
油断も隙も無い…
ラミリアが もうっ!と頬を膨らませると、珍しくクォルが、焦った様なそうでも無い様な…物凄く微妙な顔をしてすごすごと手を引っ込める。
それを気にも止めず、ラミリアがそういえばと小袋を入れた包みを持ち、先程バトーが座っていたベンチの方へと歩いて行ってしまうと、クォルが心無しか青ざめた表情で立ち尽くしていた。
「(流石にショックを受けた様だ)」
「(ああ、もう…)」
クライドが呆れた様な冷めた目をして、ラシェがハラハラと心配そうな目をして2人の様子を交互に追った。
心無しかしょんぼりしているクォルの元に、ラミリアが何事も無かったかの様に戻って来る。
「ラミリアー、クォルがショげてるぞ」
「…ンな…⁈しょ、ショげてねぇし!何で俺様がショげなきゃなんねーんだよっ!」
クライドがラミリアにかけた言葉に慌てて取り繕って食いつくクォルに、ラミリアは“はぁ?”と首を傾げた。
そして、クォルに何かを軽くポンっと投げて寄越す。
何かもわからないまま、慌てることもなく軽々とそれを受け取ると、クォルは“何だよ…?”と受け取った物を改めて見た。
それは、リボンで綺麗にラッピングされた、クォルの手の平程の小さな箱。
「(…おっ?)」
「(まぁ!)」
クライドとラシェはそれが何かを一瞬で察した。
見れば、当のラミリアの頬が少々紅潮しているし。
そこでクライドはふと、ラシェに声をかけた。
「ラシェ、
「あ、…そうですね!」
突然この場を離れようとし始めたクライド達に、ラミリアは若干慌てて振り返った。
「エッ?い、行くって、ど、どこに…っ?」
「ラシェから聞いてない?…グランローグ」
「い、今からっ?」
「今からでも早馬で着くの、夜だからな。用心に越したこと無いだろ」
な?とクライドが訊くと、ラシェがコクリと頷いた。
「そういう訳なので…。
…あ、残りの小さい小袋の分は、ラミリアさんがお知り合いの方々に配って頂いて大丈夫ですからね」
「あ、ありがと…」
「では、行ってきますね」
ラシェはニコッと笑うと、クライドと共に訓練場を後にした。
ラミリアが矢継ぎ早な展開にポカンとしていると、オイ、と後ろから声がかかる。
振り返ると、怪訝なのか何なのか…顔を顰めてラミリアから受け取った箱を見つめているクォルがいた。
「…これ、何だ?」
正直、クォルがいつもラミリアから奪う様にせしめている
「な、何だ、って…開けて見れば良いでしょ…」
ラミリアは恥ずかしさを隠す様に、プイッとそっぽを向いた。
何だよ…?とボヤきながら、クォルはいつになく慎重に、普段の自分なら確実に乱暴にするところを、そろそろと箱のリボンを解いた。
そっと蓋を開けると、フワッと甘い香りが広がり、中には綺麗な生チョコが一口大に切られ、敷き詰められているではないか。
「…チョコだな」
「な、何よ、も、文句ある…っ?」
「これ、どうしたんだ…?お前が作ったのか…?」
「何でそう訝しげに確認すんのよ、失礼ね!
…い、いつもアンタには失敗作ばっかり食べさせてるし?
今回は!ラシェが!いつものお礼にあげたらどうですか?って言うからっ?仕方なく!特別に‼︎なんだからねっ‼︎!」
「………」
まくし立てるように言われたラミリアの言葉を聞いているのかいないのか、クォルは箱の中を覗き込んだまま動かない。
「(…う、うう)」
いつもなら、何かしら言ってきそうであるのに一言もなく、ラミリアはただただ恥ずかしくて居心地が悪くなり、固まったまま動かないクォルに痺れを切らし、彼が手に持つチョコの箱に手を伸ばし、中から一切れピックですくい取り、自分の口に放り込んだ。
「こ、今回のはラシェに見てもらいながら作ったんだから、安心しなさいよ…。ほら、毒なんか入れちゃいないから、食べてみれば…?」
モグモグと食べて見せつつ、ラミリアはもう一切れピックですくい、クォルに何気なく差し出した。
するとクォルは、少しそれを見つめ、ラミリアからピックごと受け取るのではなく、彼女が手に持ったままの一切れに指ごと食わんばかりにパクッと食い付いた。
「〜ッ!!!?!!?!!」
一瞬声を上げそうになったが何とか堪えつつ、ラミリアはびっくりして手を引っ込めた。
当のクォルは特段気にもせずモグモグと食べると、ペロリと唇を舐める。
「ん、んまいじゃん」
「…自分で取って食べなさいよ…っ!」
「目の前に差し出されりゃ食うだろ、フツー」
しれっとそう言うと、クォルはラミリアが手に持ったままだったピックを取り、パタンと箱の蓋を閉めた。
「…あとは部屋に戻ってから食うわ」
「?え、別にいつもみたいにこの場で食べちゃえばいいじゃない」
むしろ、本当は美味しくなくて捨てられちゃうんじゃないか不安なんだけど。
ラミリアは一瞬そう焦ったが、対するクォルは何やら上機嫌な顔で立ち上がった。
「酒のつまみにする。これに合いそうな丁度いいヤツ仕入れたの思い出した♪」
「…え、何それ気になるんですけど」
「ラシェちゃんに、食材頼むついでにワコクからウィスキーってヤツ仕入れてもらったんだー♪
おっしゃ、今日は非番だし呑むぞー!」
言うや否やクォルはウキウキと訓練場の出口に向かうが、おもむろにくるりと振り向いた。
「…お前も呑んでみるか?」
「え?さっきのウィスキーってやつ?…まあ気にはなるけど…いいの?」
「今日みたいな日に一人で居たくねぇだろ?クライド達も居なくなっちまったし、お前も暇だろ?
偶然ながら、この俺様にも予定は入ってねぇんだ、有り難く思え」
「え、何で敬わなきゃいけないのか訳わかんないんだけど」
ラミリアは何だか気が抜けてしまってクスクスと笑い始めた。
そうして軽い足取りでクォルに追いつくと、クォルも見計らってまた歩き出す。
「(はあ、上手く渡せてよかった)」
「(…今年も貰えてよかった)」
…お互いが、そんな事を思いながら。
******
「ラミさん、上手く渡せましたかね?」
コードティラルを出て暫く。
チョコケーキが崩れない様に抱える為、クライドの前に座っているラシェは、少しだけ振り返る形でクライドを仰ぎ見た。
クライドは ンー、と少し逡巡して笑いながら答える。
「まあ、大丈夫なんじゃないか?いくらなんでも いくらクォルが鈍チンっつったって、アレが
「お二人共、肝心なところで変に意固地になっちゃうんですよね…」
「年上がああだと、ホント困ったもんだよなー」
クライドは やれやれ…とわざとらしく肩を竦めて見せた。
ラシェはそれにクスクスと笑う。
「まあ、それはそれでお二人らしいんですけどね」
「まあな」
そう頷きつつ、クライドはふと、声のトーンを落として話し始めた。
「…俺も、ラシェに対しては、最初あいつらと似た様なもんだったから人の事言えないけどさ。自分が意固地だった分、散々時間を無駄にしたから」
手綱を引く手の力が弱まり、馬が自然と歩みを止める。
クライドは前に乗せたラシェを、片腕をまわしてフワリと抱きしめると、コテンと後ろから彼女の肩に頭を落とした。
「く、クライドさん…?」
「ホント、勿体無い事した…」
「え、えーっと…」
嫌ではないのだが、身動きがただでさえ取りづらく、どうにもこの状況は気恥ずかしいものがある。
ラシェがどうしたものかとドギマギしていると、クライドがボソリと耳元でボヤいた。
「…一応気にしない様にはしてたけど、兄さん達には敬語使わないのに、未だに俺らに敬語とか使うし」
「‼︎あ、…ご、ごめんなさい…。な、何か癖になってしまっていて…」
「…名前もそうだし」
「…す、…すみません…」
顔を見ずともラシェがアワアワとしているのが肩ごしに伝わってくる。
ラシェにとって、クライドの第一印象は『命の恩人の騎士』だ。クォル達だって『王城の騎士』であった為、一介の町娘であったラシェは、必然と敬語を使って話すようになった。
対するレイガ達は、…実は戦争も末期の頃、クライド達の善戦虚しく、ラシェはグランローグ側に捕らえられた事があり、捕らえられた先の人達という印象が強く、今に至る様だ。
はあ…、とクライドは一つ溜め息を吐くと、ラシェに回していた腕に力を入れてギュウッと自分に抱き寄せた。
「無理強いは嫌いだけど、今後は多少強引にいってみようかなぁ…」
「え、な、何ですか…?」
「例えば、俺と二人の時にラシェが俺の名前呼ぶ時『さん』付けしたら、ラシェからキスして貰う、とか」
「‼︎」
「それをラシェが恥ずかしがって、呼び方直るなら それに越した事無いし、失敗しても俺はオイシイし、一石二鳥」
“とんでもない事提案してきた!”とラシェが真っ赤になって慌ててクライドを見ると、当のクライドは楽しそうに笑ってラシェの様子を楽しんでいるではないか。
「も、もう!楽しんでますね⁉︎」
「あはは!やだなぁ、俺はいつでも本気だよ?そうであってほしいし。…まあ楽しいけど」
悪びれもなく屈託無く笑うと、クライドは手綱を握り直し、何事も無かったかの様に馬をゆるゆると再び歩かせ始めた。
ややあって、ラシェは恥ずかしそうに顔を俯かせて、チョコの箱を抱えたままポツリと小さく呟く。
「ご、ごめんね?…
そう聴こえた瞬間、クライドは手綱を引いてまた馬を止める。
ラシェが急に馬が止まりビックリして顔を上げると、今度は後ろから両腕でしっかりと抱き締められてしまった。
「く、クライド…!待って、馬から落ちちゃうし、チョコケーキも潰れちゃいます…!」
どうしていいか分からず、とにかく落馬しない様にされるがままでいる他無いラシェがアワアワとそう言うと、クライドは名残惜しそうにラシェから片腕だけ解いて、馬の手綱を握りなおした。
「…ごめん、想像以上に破壊力バツグンだった…、すげえ嬉しい…俺が悪かった…。
なんかもう今日中にグランローグに着く自信無くなってきたんだけど…」
「よ、呼び方戻しましょうか…?」
呼び捨てで呼ぶ度に馬を止められてはかなわない。
ラシェが何気なくそう言うと、クライドはブンブンと首を横に振った。
「だめ。それはそれで、『さん』付けたらキスして貰うから」
「…そこは譲らないんですね…。
とりあえず、先に進みませんか…?」
ラシェが困った様に笑うと、クライドはむぅ仕方ない、ともう一度手綱を握り直して改めて馬を操り出した。
自分も悪かったんだけど、こうもストレートに喜ばれると、嬉しい反面、心臓がいくつあっても足らない気がする。
ラシェは鳴り止まない心臓をどうにか落ち着けつつ、この件に関しては色んな意味で前途多難だなぁと苦笑した。
度々抱きつかれて火照ってしまった顔に
さやさやと優しい風が心地良く感じる。
そんな暖かな優しい午後。
他愛無い話をしながら、二人はグランローグへとむかったのだった。
全ての大切な人に
等しく幸福な日であらん事を。
おわりに
21日で企画参加1周年でした!(≧∀≦)
入りたてで去年のバレンタインイベはちゃんと参加できなかったので
大 満 足 です!
とりあえず3組3様で書いてみたんですが誰得かなコレ...( = =) 俺得
そんな訳で、
度々ラシェがクライドを呼び捨てする様になりますので
何卒よろしくお願いします( *´艸`)
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